わたし流バセドウ病

2003年の秋にバセドウ病と診断されて病気と一緒に歩んできた私、AQUAのページです
一時は薬ではもう無理だと言われ手術やアイソトープまで勧められた私ですが、ある日突然・・・・

クリーゼ発症??

メルカゾールを飲み始めて一週間くらいたった時でしょうか、主治医と担当医の先生が数値が下がってきたと

言ってました。今だから言えるのですが、んなことはないはずです(笑)

甲状腺ホルモンは生産されると一ヶ月くらい体内に残ります。すぐには消えないんですよね。若干少なくなった

かもしれないけど、大して変わってなかったと思います。

その頃私は外出許可をとってよく散歩したり自宅へ帰ったりしていました。結局シンチ検査のための食事制限

での入院だったのですが、検査が終わると「メルカゾールの副作用は二週間以内に出やすいので、あと二週

間入院しましょう」ということになったために医者の先生たちも「自由に外出していいから、あと二週間がんばろ

う」みたいなこと言っていました。そしてヨード制限の食事を続けましょうと・・・。

ある時外出して車を運転しているとなんか変な感覚に襲われました。心臓が不定期にドンッドンッというような。

動悸とはちょっと違うようです。車止めて様子みていたら、あっという間にどんどんひどくなって車はその場所に放

置して父親に迎えにきてもらいました。

急いで病院へ戻るとあらかじめ電話していたのもあって看護婦さんと研修医の方が待っていてくれました。

「AQUAさんが外出するからこんなことになるんですよ」

と看護婦さんから言われました。我が耳を疑うとはこのことです。すると研修医の方も

「バセドウ病は落ち着きがなくなってウロウロしたくなるのはわかるけどもう外出はやめようね」

「じゃあ最初から外出許可ださなければいいのでは?」

という私の問いには二人とも答えませんでした。

その後私はなんの処置もなく安静にするように言われ横になっていました。病院へ戻ったのが18時くらい、そして

ずっと我慢していたのですが、心臓が破裂するんじゃないだろうかと思うくらい強く動いててまったくおさまる気配が

ありません。22時くらいに我慢できなくてナースコールで呼ぶとさっきの意地悪な看護婦さんがきて脈拍と血圧を

計りました。なんと、脈が140/分 血圧が上で150という有様。

それでもその看護婦さんはそのまま立ち去っていきました。一部始終を見ていた隣のベットの人が辛いのなら何

度もいったほうがいいよって言ってくれてもう一度ナースコール。そして主治医の先生を呼んで欲しいと告げると

休みだったようです。それで私は「ああ、なるほど」と軽く解釈しました。

主治医の先生がいればそれなりの処置をちゃんとしてくれたでしょう。いないことをいいことに外出した私が悪いと

なんか意地悪しているつもりで放置していたのかもしれないです。私の病室内も騒然した様子でした。

研修医の方がきたので私は言いました。

「心臓がドンドンと激しく動いているんだけど、最初ここに来たときに主治医の先生が言っていた心臓を休める薬

というをだしてもらえませんか?」

「ああ、あれね、飲む?」

「そのほうがいいんじゃないですか?、安静にしていても治らないです」

自分で言ってようやくインデラルがでました。飲むとすぐ効いたのでクリーゼではなかったようです。

次の日両親に昨日のことを詳しく伝えて、転院したいと言ったのですが、父親がとりあえずそのまま入院して父親

の知り合いの開業医の先生にちゃんとした指示をもらってくると言ってました。すると

「メルカゾールは効き目がでるのは二ヶ月くらいかかる」

「症状を聞いた限りで判断するとインデラルは処方すべき」

などいろいろ聞きました。今となっては馬鹿馬鹿しくてどうでもいいのですが、このときの経験が強迫観念のように

染み付いて、いつ、また心臓がドンドン鳴り出すのだろうかと考えると眠れなくなったり、退院後も外出が怖かった

です。入院しているとネットで自分で調べることもできなかったのが痛かったなぁ。

私がバセドウ病のホームページを作ろうと思ったきっかけとなった出来事です。

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